盆が過ぎて、ふと思い出したことがある。
僕自身は生まれてこの方、自覚できる霊的な体験をした覚えがない。ただ、聞いた限りでは母方の家系に、そういうのに敏感な人が何人かいるらしい。とはいえ、僕の母本人はあまりそうした資質(?)に恵まれず、むしろ今でもそうしたものを信じない傾向のほうが強い人間だ。
その母が、かつて「あればっかりは、そういうものがあると思わないと、どうしても説明がつかないんだよねぇ」と言いながら、こんな話を聞かせてくれた。
20年ほど前のこと。母は、自分の姉、つまり僕の叔母にあたる人物が体調を崩して入院することになったときに、付き添いとして一緒に病院に行っていた。叔母は既に夫を亡くしており、家族も近くにいなかったため、母が入院の手続きや身の回りの世話をすることになったのだ。
入院手続きが済んで、相部屋の病室にあるベッドに入ったあたりから、母は叔母の表情が強ばっていることに気づいた。横になったかと思うと、すぐに寝返りを打ち、強ばった顔のまま、ボンヤリと天井近くを見つめて、また横になる。それを何度も繰り返すので、最初のうちは「よほど体調が悪いのか」と心配していたのだそうだ。しかし、そのことを叔母に聞いても、本人は特に体調の悪さを訴えるわけではない。母は、看護師さんに、叔母の様子に注意するよう促して、その日は家に帰った。
その後、2~3日に一度ほどのペースで、母は病院の叔母のもとへ見舞いに出向いた。相変わらず、叔母はたまに顔を強ばらせていたが、その頻度も減っていたので、特に気にすることもなく見舞いを続けたそうだ。
しかし、一週間ほど過ぎた頃から、今度は叔母を担当している看護師さんの様子が、これまでと違うことに母は気づいた。入院当初はにこやかに叔母の様子を見に来ていた彼女が、なんとなく「怯えるような」態度で叔母に接するようになったのだという。気になった母は、病室の外で彼女に声をかけた。
「あの、うちの姉が何か失礼を致しましたでしょうか?」
彼女は、当初慌てたように「いえ、まったくそんなことはないです」と答えたのだが、その後、すこし間を置き、声をひそめて、逆にこう聞いてきたのだという。
「あの、失礼ですが、お姉様は昔から霊感というか、そういうのをお持ちなんですか?」
突拍子のない展開で母が返答に困っていると、彼女はこう続けた。
「先日、お姉様から『前にこのベッドを使われていた方は、どこか内臓がお悪かったのですか?』と聞かれたんです。私、病室の他の方から話を聞いたんだと思って『ええ、そうですよ』とお答えしたら、お姉様がベッドの仕切りになっているカーテンのレールを指さしながら『やっぱりそうなんですね。あそこの上に座って、とても辛そうな顔で、ずっとお腹をさすっていらっしゃるから』とおっしゃって…」
母が彼女から聞いたところによると、叔母の前にそのベッドを使っていた患者は、叔母が入院する数日前に、その内臓の病気がもとで他界されていたのだという。
「恐らく、同じ病室の他の患者さんから聞いたことを、そういう風におっしゃったんだと思うんですけど、私、なんだか怖くなってしまって…」
母は、彼女に「たぶんそうだと思う。驚かせてしまって申し訳なかった」と詫びたそうだ。だが、もちろん事実がそうでないことを知っていた。
叔母は、入院直後「まだ病室の他の患者と会話を交わすようになる前」の段階で、ベッドから天井近くにあるカーテンレールをボンヤリと見つめて「顔を強ばらせていた」のだ。
結局叔母は、その後「どうしても落ち着かない」という理由で、無理を言って他の病室の患者とベッドを交換してもらい、その後は特に問題無く退院まで過ごしたという。
これ以外にも、母方にはいくつか奇妙な話があるのだけれど、それはまた思い出したら別の機会に。
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